最初に断っておく。私の基本的な価値観の根底に人間不信感がある。これはもうどうしようもなく、結婚して子供を生んだ今でも完全に払拭できるものではない。
それを自覚したのはげんの幼稚園時代、そこのママに
「あなたは世の中悪い人だらけ、たまにいい人がいる、という考え方。私たちは世の中いい人だらけ、たまに悪い人がいるという考え方。だからいつまでも意見が平行線のままなのよ」
と言われてから。
そんなこと言ったって、だってしょーがねーじゃん。世の中子供の殺された遺体だらけ、詐欺だらけじゃん。人を信用したら殺されるし、騙されて損する。人生が(多分)悪い方に変わってしまう。
子供の見本となるべき大人が、平気で子供の前で信号無視をする世の中じゃん。ニュースは連日、人の悪意を報道するばっかりじゃん。
こんな考えの私がよくもまあ結婚できて3人も子供を生んだことだ、と思う。まあそれはひとえにダーリンだけは無条件に信用できたということに尽きるんだけど。
げんやあーちゃんに
「知らない人から声をかけられても、信用しちゃイケナイよ」
と、最近の事件のニュースをふまえて言い聞かせながら、なんだか悲しくなった。
確かに、私が小さい頃も同じことを言われた。でもそれは本当に、上記の幼稚園ママが言うようにたまにいる悪い人のことだったはずだ。でも今は違う。親を含め、学校や幼稚園自らが「人を信用しちゃいけない」ことを主張しなきゃいけなくなった。
今のげんやあーちゃんの年齢からそんな人間不信感を植え付けるようなことを言って聞かせられた子供達は、いったいどんな大人になるんだろう。全く健全じゃない。
でもさ、確かに今、世の中は悪い人ばかりが目に付いてしまうご時世かもしれない。でもその中で、だからこそ、人の優しさとか心遣いとかが心に残る。感動する。感傷かもしれないけど、私はそれを大事にしたいし、子供達にもその辺を感じ取れるような人になって欲しい。
ナウシカの歌の「(戦争後)荒れ野に花が一輪咲いた その強さが愛しい」ということでもあるかな。
(我ながら随分マニアックなこと言ってるなーw)
連日報道される子供が殺されたニュースを見ながら、こんなことをされるために育てたわけではないだろうに、と思う。
殺されてしまった子供達の、ご冥福をお祈りします。
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